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第2回 2003シーズン カレッジフットボール ベスト・ランニングバック クリス・ペリー (ミシガン大学)
University of Michigan RB Chris Perry

  ミシガン大学4年生 ランニングバック 185cm、103kg
  ノースカロライナ州アドヴァンス 出身
  
  ◆ ハイズマン賞最終候補
  ◆ ドーク・ウォーカー賞受賞
  ◆ オールアメリカン・ファーストチーム
  ◆ ビッグテンカンファレンス・オフェンス最優秀選手
  ◆ オールビッグテンカンファレンス・ファーストチーム



University of Michigan RB Chris Perry   今季、ミシガン大学 RB クリス・ペリーはすばらしい活躍をみせ、ミシガン大学のビッグテンカンファレンス単独優勝にもっとも貢献した選手です。
  レギュラーシーズン成績では、1,589ヤードを走り、17TDを獲得し、カレッジフットボールの全米最優秀ランニングバックに贈られるドーク・ウォーカー賞を受賞し、オールアメリカン・ファーストチーム、オールビッグテンカンファレンス・ファーストチーム、ビッグテンカンファレンス・オフェンス最優秀選手に選ばれました。さらに、ハイズマン賞の最終4候補に残り、ニューヨークへ招待されました。

  ペリーは 40ヤードを 4.4秒で走る速さをもっているだけでなく、力強さもそなえています。バックフィールドではレシーヴァーとしてもその実力を示しています。おそらく、2004NFLドラフトの第1巡目で指名されるでしょう。

  


  クリス・ペリーは、ミシガン大学でもっとも注目されている伝統のライバル対決 オハイオ州立大学戦で最高のプレイをしました。
  オハイオ州立大学は全米第1位のランディフェンスを誇り、この試合前に許したヤードはわずかに平均 50.5ヤードでした。しかし、ペリーは、このディフェンスを相手に 31回のキャリーで 154ヤードを走り、2TDを獲得したのです。

  試合開始前のアメリカ合衆国国歌が流れているあいだ、ペリーは自らを奮い立たせようとしていました。そして、NCAA新記録となった 112,118人の観衆が座りはじめると、まるで狂った人のようにチームメートに叫び始めました。「試合がはじまるぞ! 試合がはじまるぞ! 試合がはじまるぞ!」

University of Michigan RB Chris Perry   ペリーは、1年前の対戦には特に苦い思い出をもっています。それは、オハイオ州立大学 RB モーリス・クラレットの活躍でミシガン大学がオハイオ州立大学に敗れているからです。さらにいえば、2年生からプレイをまかされるようになって、ライバル対決に2連敗しているのです。だから、ミシガンスタジアムでの最後の試合には絶対に勝たなければならないと、大きく気合を入れていたのです。また、がんと闘っている母 アイリーンが、治療のスケジュールを変更してまでスタンドで応援してくれていることも分かっていました。
  ペリーは、ミシガン州立大学戦でミシガン大学記録となる 51回のキャリー( 219ヤード)を記録し、 “鉄人” であることを証明していますが、オハイオ州立大学ディフェンスからはいくつかの厳しいあたりを受けました。
  NFL オールアメリカンMLB クリス・スピールマン(元オハイオ州立大学のオールアメリカン)は言っています。「オハイオ州立大学−ミシガン大学の試合で経験したあたりは、NFLで経験したどのようなものよりも激しいかったです。」

  
University of Michigan RB Chris Perry   

  ペリーは、第1Q にひざ後ろの腱を痛め、第2Q にはすでに痛めていたひざをねじってしまいました。それも自分の上には大勢の選手が折り重なっている状況で。タックルされたあとになかなか起き上がらないこともありました。しかし、勝つことを宿命づけられている戦士のように、必ず起き上がりました。

  試合も終わりに近づいたあるプレイで、ペリーはラインのあいだをジャンプしてすり抜けようとしましたが、空中でオハイオ州立大学の2人のディフェンスに挟まれるように激しくタックルされ、崩れ落ちました。ペリーがタックルされたときの音はスタンドじゅうに聞こえていたかもしれません。ペリーはグラウンドにのけぞってしまいました。ベンチからトレーナーが慌てて出てきましたが、ペリーは必死に立ち上がろうとしました。そのとき、大勢の観衆は “ペリー! ペリー! ペリー!” と声援を送りはじめました。
  クリス・ペリー 「痛かったです。苦しかったです。しかし、試合を抜けるつもりはありませんでした。一生、この試合を忘れることはないでしょう。みんなの声援も聞こえました。それを心強く感じました。スタジアムのすべての人が自分を応援してくれていました。夢のようでした。映画のようでした。現実を超越していました。」

 Chris Perry Interview 
University of Michigan RB Chris Perry   

  ペリーは走り続け、1,500ヤード以上を記録しました。ミシガン大学史上、1シーズンに1,500ヤード以上走った選手として4人目になります。また、この試合 5回のパスキャッチで 55ヤードを獲得し、今季通算 42回のパスキャッチで 366ヤード、2TDを記録し、レシーバーとしてはミシガン大学今季第3位の記録を残しました。

  ペリーは、大学生として最後の試合になるBCS ローズボウルでのサザンカリフォルニア大学と対戦に向けて準備をしています。
  最後のシーズンを最高のシーズンにしたペリーですが、このような結果になることはほとんど想像されていませんでした。
  

  ペリーが2年生のシーズン、ミシガン大学はオハイオ州立大学に敗れ、シトラスボウルではテネシー大学に敗れました。どちらの試合でもミシガン大学オフェンスはなかなか流れをつかむことができませんでした。
  ある日ミシガン大学ヘッドコーチ ロイド・カーはオフィスにペリーを呼びました。その話し合いで、カーはペリーがチームにマイナスになっていることを伝え、転校を勧めました。ペリーは、ミシガン大学オフェンスでの自分の立場に満足していないことを伝えました。

  ロイド・カーにミシガン大学からの転校を勧められた後、ペリーはノースカロライナにいる母に電話をし、大学をかわることを話しました。高校生だったペリーは学業にそれほど真剣ではなかったことから、母は、学業にもっと真摯に取り組むようにとヴァージニア州にある陸軍士官学校にペリーを通わせました。ハイズマン賞を受賞したエディ・ジョージ(元オハイオ州立大学; 現NFL テネシー・タイタンズ)もこの学校に通っていました。
  母アイリーン・ペリーは、すぐに飛行機に乗り、ミシガン大学のあるアンアーバーに向かいました。彼女は、まず、ヘッドコーチ ロイド・カーに会い、必ずペリーを大学に残らせること、ペリーの面倒を見てほしいと話しました。それから、ペリーに会い、「あなたは途中でやめるような人ではない。」と、ペリーを説得しました。

  それを機に、ペリーはミシガン大学のコーチが彼に何を望んでいるのかを注意深く聞くようになり、オフシーズンの体調管理にも気を使うようになりました。体重を5キログラム落とし、よりパワフルで素早い動きのできるランニングバックになり、3年生のシーズンには 1,110ヤード、14TDを記録しました。そして、2003 アウトバックボウルで最優秀選手に選ばれました。

University of Michigan RB Chris Perry & Head Coach Lloyd Carr   アウトバックボウル終了後、カーは言っていました。
  「ペリーは、最後のシーズンにむけてさらにボールキャリーを増やすためには、体を鍛えなければならないことに気づきました。シーズンをとおして、ボールキャリーがたくさんできるような注目のランニングバックになるためには、選手は人生のなかで最高の状態でなければならない。ペリーは、最高の状態で試合に臨めるよう努力してきました。その努力が、彼の成功の一部になったことは間違いないと確信しています。」

  今では、ミシガン大学ヘッドコーチ ロイド・カーもクリス・ペリーの大ファンになっています。
  「ペリーはすばらしいフットボール選手です。ただ走ることができるというだけではありません。パスブロックもできます。すばらしいレシーヴァーでもあります。すばらしい足をしています。強いです。パワフルで情熱があります。」